有識者コラム
雑草防除の重要性
- 公益財団法人 日本植物調節剤研究協会専務理事濱村 謙史朗 氏
高品質でかつ安定した量の農作物を生産するためには、病害虫防除とともに雑草防除が重要である。しかも雑草は、栽培期間中の天候が高温、低温、湿潤、乾燥など、あらゆる条件下で必ず発生し「雑草害」と呼ばれる被害をもたらす。栽培期間中に発生する雑草の量が多い場合は、作物と雑草が互いに生育を競い合い、光・水・養分を奪い合うことで作物の収穫量が減少する。雑草害による減収である。たとえば水稲の移植栽培の場合、収穫時まで雑草防除を行わないと平均41%・最大92%の減収となり、移植後40日頃までの防除を行わないだけでも平均24%・最大66%減収した事例がある。ノビエが優占した条件(ノビエが雑草量全体の90%以上を占めた条件)でみると、移植後50日頃に乾物重で80g/㎡程度残っていた雑草を収穫時まで放置したときの減収率が推定されるなど、いかに雑草防除が重要なのかがわかる。雑草害は減収だけではない。収穫時まで放置して大型化した雑草によりコンバインの刃が破損することがある。さらに大豆畑では、収穫時に残存した雑草の茎葉部や果実がコンバイン収穫によってつぶれ、収穫した子実にその汁が付着して、収穫物の品位規格が低下する‘汚粒’という被害や、繁茂した帰化アサガオ類が畑全体に覆いかぶさると減収はもちろん収穫作業そのものの障害にもなり、これらはどれも雑草害である。また雑草は、水路や貯水池で繁茂し用水取水時の障害となったり、ゴルフ場の美しい景観を損ねたり、一般道の路側帯の植え込みや中央分離帯の植栽に影響を与えたり、道路標識・カーブミラー・電線に絡みつくなど、農業以外にも様々な場面で雑草による被害が知られている。雑草が、農業はもちろん人間の生活環境と密接に関係している所以である。
次に雑草の管理方法についてである。前述したように雑草は様々な場面で発生し、時に雑草害となって農業生産はもちろん社会生活にまで影響することがあるため、それぞれ場面に応じた雑草管理が必要となる。農業場面では主に雑草害による減収を回避する必要があるが、コメ・麦・大豆など一般的な土地利用型作物の栽培においては、作物の茎葉が水田や畑一面を覆い地表面へ太陽光が届かなくなった以降は、雑草は健全に生育できない。すなわち栽培開始から一定期間を除草剤等で防除することで効率的な雑草管理ができ雑草害が回避できる。この雑草害回避のために雑草を抑えておく期間を必要除草期間や要防除期間と呼ぶ。要防除期間の長短は、栽培作物の種類はもちろん、作物の品種・生産地・作期・気象環境や発生する雑草種など、それぞれの組み合わせによって異なるため、効率的な雑草防除には作物の栽培方法、発生雑草の特性、除草剤の作用や有効草種など一定の知識や経験が重要となる。つまり除草剤を用いて防除する場合は、発生雑草に合わせた適用除草剤の選び方、散布方法や散布適期などを知っておく必要があり、複数回除草剤を使用する除草体系の場合は、剤の組み合わせ方や散布間隔(2回目に使用する除草剤の散布適期から判断する)などの知識も必要になる。また雑草管理を考えるうえで、あえて雑草の被覆が必要な場面がある。中山間地の水田畦畔、道路、鉄道や河川堤防など大型法面の管理が代表的で、雑草そのものが法面の崩壊を防ぐなど防災の意味合いから、あえて雑草を生やしたまま管理する必要がある。このような場面では、雑草が大きくなりすぎないよう年に数回刈払い機等で草刈りを行って管理することが多いが、‘刈り取り代用’として使用できる除草剤(根は枯らさず地上の茎葉が枯れたら直ぐに再生育する剤)や、枯らさずに雑草の伸長だけを抑える‘抑草剤’の利用は省力・低コスト管理に極めて有効で、このような薬剤に関する知識の習得も場面に応じた雑草管理を考えるうえで価値が高い。
おわりに
2018年の農薬取締法改正において農薬の定義に‘草’や‘除草剤’の文言が加わった。その後多くの関連法規において雑草防除に関わる字句(雑草は草と表記)が追記されるとともに改正・公布され、農林水産省が推進する総合防除:IPM(Integrated Pest Management)では、総合的な病害虫・雑草管理と表記されている。さらに2022年に改正された植物防疫法では、草(雑草)も緊急防除の対象となり、有害植物まん延防止のための防除について記述されている。一方、同法第32条では、都道府県が設置する「病害虫防除所」について記されているが、条例で定める同所名称については、今のところ「病害虫雑草防除所」等に改称した都道府県はなく改称の可能性も不明である。しかし、除草剤抵抗性雑草の顕在化や、特定外来生物に指定された雑草の農地周辺での繁茂や農地への侵入など、昨今の農業現場での状況を鑑みれば、雑草対策の重要性は以前よりも確実に高まっており、地方自治体の雑草防除に対する関与は益々重要になるであろう。
執筆者
公益財団法人 日本植物調節剤研究協会専務理事濱村 謙史朗 氏千葉大学大学院園芸学研究科修了後、植調協会に入社。技術部技術課に配属され、以降、事務局技術部技術課長(2006年)、千葉支所長(2014年)、試験研究部長(2018年)を経て、2022年には常務理事・研究所長に就任。2024年5月より代表理事・専務理事を務める。専門は農業技術・研究開発。所属学会は日本雑草学会、日本農薬学会、日本芝草学会で、また日本雑草学会の代議員、農林水産航空協会の理事も務めている。趣味は散歩、ドライブ、F1観戦。
主な著書
- 雑草学入門(Introduction to Weed Studies)講談社(2018)
- 監修;山口裕文,編集;宮浦理恵、松島賢一、下野嘉子
(担当執筆箇所;PartⅢ 近代的雑草防除へ/防除技術の革新的変化
Chapter 8 化学的管理 8.1 除草剤の開発と利用,付録;戦後日本の雑草防除史と関連法規・登録除草剤年表)